品川区鍼灸師会は、昭和53年6月3日に品川保健所管内の品川鍼灸師会と荏原保健所管内の荏原鍼灸師会が合併して設立されました。
旧品川鍼灸師会と荏原鍼灸師会の歴史は古く、大正時代にまで遡ることができます。
多くの先達の先生方が残された記録を紐解いていくと、輝かしい品川区鍼灸師会の淵源に触れることができます。
(1)初代会長は小柳津朔先生
品川鍼灸師会の初代会長は小柳津朔先生で、大正14年から昭和20年4月まで会長を務められました。
小柳先生は西白河郡中島村滑津のご出身になります。
(2)第二代会長は作田儀三郎先生
第二代会長は作田儀三郎先生で、昭和20年5月から昭和25年9月まで会長を務められました。
当時の作田先生は、お年が50歳前後、銀髪、小太りで、物腰も静かで優しいお声で話されるとても紳士的な方だったそうです。
ご出身は関西で、昭和初期に上京され南大井の浜川中学のそば、国道を渡ったところに「三つ灸」という看板を上げて灸専門で治療をされていました。
また、保護司をされるなど社会的にも信頼されていました。
昭和20年から25年というのは、終戦後の混乱と復興の息吹が聞こえるときでありました。
特に昭和22年は、俗にマッカーサー旋風といわれる連合軍司令部による鍼灸禁止令、つまり皮膚を焼いたり刺したりする野蛮な鍼灸はけしからんというGHQの方針に反対して、三重県立医専学長石川日出鶴丸博士・板倉博士や花田伝氏・岡部素道氏などの鍼灸師が鍼灸の科学性を弁明して鍼灸禁止令は撤回されました。
かくして、昭和22年12月、新憲法下において、はり灸按摩マッサージ指圧師法(法217号)が制定されました。
昭和24年、現在の東京都鍼灸師会の前身である東京鍼灸師会の設立声明書には作田先生のお名前があります。
(3)第三代会長は市石喜代治先生
第三代会長の市石喜代治先生は圭佑と号され、昭和25年10月から昭和31年4月まで会長を務められました。
市石先生は沢田流の重鎮で、昭和7.8年頃に沢田健先生の弟子となり、目黒駅から白金方向に少し行ったところで灸専門で治療をされていました。
頑固一徹な方でなかなか譲らない明治生まれの性格だったそうです。
また、お灸療法を記したたくさんのご著書があります。
昭和25年10月1日に東京鍼灸師会が設立され、昭和25年10月15日に日本鍼灸師会が設立されました。
二代目会長の作田先生と三代目会長の市石先生は、東京鍼灸師会と日本鍼灸師会の要職を兼任され、現在の東京都鍼灸師会と日本鍼灸師会の礎を築いたお一人といっても過言ではありません。
(4)第四代目会長は福村寿泉先生
第四代会長は福村寿泉先生で、昭和31年5月から昭和53年5月まで会長を務められました。
研究会は昭和26年からの記録がありますが、毎月第二日曜日午後6時から開催されています。
三代目市石先生まではお灸を中心にした研究会でしたが、福村先生が会長になられてからは、鍼治療、特に経絡治療を中心とした研究会に変わっていきました。
そして昭和53年6月に品川区鍼灸師会設立を機会に会長を退任されました。
(1)初代会長は堀内先生
荏原鍼灸師会の初代会長は、残念ながら下のお名前はわかりませんが、堀内先生とおっしゃり、昭和16年2月号の東邦医学誌(主幹:医学博士駒井一雄氏、編集長:竹山晋一郎氏)に荏原組合の前会長として挨拶するお姿が掲載されています。
この東邦医学誌から華々しい経絡治療が展開されていきました。
(2)第二代会長は相川慈乗先生
第二代会長は相川慈乗先生で、昭和15年前後から昭和26年まで会長を務められました。
相川先生は僧籍にあって、大井町の二葉町商店街(三間通り)の三好湯の裏手にある「相慈寺」ご住職でいらっしゃいました。
(3)第三代会長は高橋慶价先生
第三代会長は高橋慶价先生で伯周と号し、昭和26年から昭和50年まで会長を務められました。
荏原鍼灸師会は、元々荏原鍼灸按摩マッサージ師会の道を歩んでまいりました。
昭和30年6月26日に東京鍼灸師会および日本鍼灸師会に加入いたしましたが、組織的には鍼灸按摩マッサージ師会系と鍼灸師会系の混成団体でした。
昭和42年5月12日、品川鍼灸按摩マッサージ師会と荏原鍼灸按摩マッサージ師会が合併して、品川区鍼灸按摩マッサージ指圧師会が設立されたのを機会に、名実共に荏原鍼灸師会(東京都鍼灸師会荏原支部)となりました。
研究会は、昭和29年から毎月一回開催されています。
(4)第四代会長は高橋永寿先生
第四代会長は高橋永寿先生で、昭和51年から現在の品川区鍼灸師会設立まで会長を務められました。
品川鍼灸師会と荏原鍼灸師会の合併にさきがけて、昭和47年より昭和53年まで毎年、合同新年会が開催されました。
このような合併運動は保健所単位で分割していた各区にも起こり、前後して合併しました。
(1)初代会長は瀧浪八郎先生
品川区鍼灸師会の初代会長は瀧浪八郎先生で、昭和53年度から昭和60年度まで会長を務められました。
その間の主だった活動は、創立5周年記念事業として、昭和58年と59年の10月、二年にわたって読売新聞に「無料治療」のチラシ広告を区内全域に行いました。
(2)第二代会長は小川資郎先生
第二代会長は小川資郎先生で、昭和61年度から昭和63年度まで会長を務められました。
平成元年3月には、元日本鍼灸師会学術部長出端昭男先生をお招きして、「腰痛の針治療」と題した創立10周年記念講演会を開催しました。
(3)第三代会長は高橋永寿先生
第三代会長は高橋永寿先生で、平成元年度から平成2年度まで会長を務められました。
平成元年4月22日から、品川区鍼灸師会会報「しながわ」を創刊しました。
また、平成2年6月11日~20日、東京シティ信用金庫小山支店に於いて「ミニ鍼灸展」を開催、20日には「健康と東洋医学」と題した講演と健康相談会を開催しました。
平成2年12月、デザインを山下正人氏にお願いして品川区鍼灸師会の標章と門標(7×33㎝、アクリル製)を制作しました。
平成3年3月13日、高橋永寿、瀧浪八郎、斉藤誠次郎、大久保恵造の4名は、品川区議会議員・本会顧問宮崎節生先生に同道させていただき、品川区庁に高橋久二区長を表敬訪問しました。
(4)第四代会長は斉藤誠次郎先生
第四代会長は斉藤誠次郎先生で、平成3年度から平成4年度まで会長を務められました。
平成4年9月、新入会員勧誘のためにNTT電話帳による品川区内業態調査を行い、会員増強運動の為に会報を配布して普及活動を行いました。
配布対象は、電話帳掲載の93件の内本会及び都師会の会員をのぞいた50件でした。
平成4年12月、区議会議員原まさみ先生によって、品川区議会で「三療サービス」について質問されました。
平成5年3月、区議会議員藤田二郎先生によって、品川区議会で「三療サービス」について質問されました。
(5)第五代会長は大久保恵造先生
第五代会長は大久保恵造先生で、平成5年度から6年度まで会長を務められました。
平成5年4月17日の通常総会後に創立15周年祝賀会が開催されました。
平成6年5月より、本会独自の研修制度「品川鍼灸師会スポーツ障害研修講座」を開講、平成6年3月までの一年間、研修会でスポーツ障害を取り上げ、「品川鍼灸師会スポーツ障害研究会会会員の証」の門標(アクリル製、7×33㎝)を全会員に配布しました。
創立以来続けている月例研修会は、昭和57年までは、1.4月の2回を除いて年10回開催され、58年度からは1.4.8.12月の4回を除いた年8回となりました。
創立から平成7年3月までの研修会は総計160回を超えました。
(6)第六代会長は細木信孝先生
第六代会長は細木信孝先生で、平成7年度から現在も会長を務められています。
平成7年10月1日から高齢者優待治療チケット「まだまだ」制度を開始しました。
■対象者は70歳以上の品川区在住者
■治療代金は一律2,500円
■チケットは6枚つづり
■配置場所は区内の敬老会館で16施設
※有効期限は平成9年3月末迄
平成12年11月19日(日)に鍼灸普及事業として、「中小企業センター」において、第1回「はりとお灸の集い」を開催しました。
会場は下神明ので、事業内容は鍼灸パネル展示・健康相談・講演会(講師:山下健先生、演題:東洋医学と健康法)・鍼灸ビデオ映写・ツボ健康法指導などを行いました。 ※来場者数は125人でした。
以後、毎年11月に「はりとお灸の集い」を中小
企業センターで開催されています。
平成14年3月9日、品川区鍼灸師会のwebサイトを開設しました。
平成18年7月9日(日)に後進の育成事業として、第1回鍼灸臨床実践講座」を開催しました。
以後毎年1回、7月に開催されています。
平成20年11月16日(日)に品川区鍼灸師会創立30周年を記念事業として、“ゆうぽうと”において、第9回「はりとお灸の集い」と「創立30周年記念祝賀会」が開催されました。
「はりとお灸の集い」の事業内容は、健康相談・体験治療・実技披露・講演会(講師:社団法人東京都鍼灸師会副会長小松秀人先生、演題:はり灸はこんなに素晴らしい)などを行いました。
平成21年11月15日(日)、第10回「はりとお灸の集い」が品川区荏原第二地域センターにおいて開催されました。
従来の「はりとお灸の集い」は品川区全域を対象に行われてきましたが、今年度から各地域センターごとの開催になりました。
事業内容は、健康相談(相談員は第二地域センター管内の会員鍼灸師)・落語寄席(立川流 立川誌隆・その他立川流一門)などでした。